今日の読売新聞一面のコラムにちょっと面白い言葉がありました。

 「午後三時の人は使わない。昼前の人を使う」

 この言葉は大正・昭和の政治家後藤新平のものだそうです。
人材登用にあたって、老練のいわゆる大物政治家を用いるのではなく、
前途ある有能な若手を用いる時に言ったとのこと。
 今回の自民党の総裁選から続く内閣改造でも、この言葉が
頭をかすめたのか、政治の世界では「若手」と呼ばれる年代の人々が
次々と登用されていきました。政治的な思惑や宣伝効果も
考えていたのかもしれませんけども、事実としてはこうなりました。

 政治家の世界でベテランの人達が「午後三時」と例えられるなら、
僕らは果たして「何時の人」なんでしょう。まだ社会に出て
1,2年という位置づけというのは一日で言えば何時なのか。
朝目を覚ます6時半頃なのか、職場に入る8時頃か、
仕事が始まってしばらく経った10時頃か。
 ただ、こういうのは現実の生活年齢というよりは、
本人の意欲とか生き方みたいなのに表されるような精神年齢めいたものが
大きく影響しています。同じ年齢の人であっても、人それぞれによって
時計が指し示す所は違うのかもしれません。さらに、
生き方次第では時計の針を巻き戻すことも出来るのかもしれないし。

 自分にはまだまだ出来ることがある、やりたいことがあると
意気揚々と生活している人は、時計の針は遅く進んでいて、
残り時間が豊富にあるのでしょうけど、逆に毎日を暗く
落ち込んでしまいながら生活していると、どうしても時計の針は
早く進んでしまっているようです。出来るなら、前者の方で
生きていきたいという考えの方がおそらくは多いのでしょう。
僕も、自分の時計の針はまだ午前中であればいいなぁと
思っているんですが。可能性を捨てずに生きてたいですね、いろいろと。

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