「四国R−14」を見ながら思うこと。
2001年1月31日 まずは訂正から。
28日の日記の中で「F4Fコルセアのプラモを〜」って
所がありますけど、コルセアは「F4U」でした
。
ごめんなさい。F4Fはワイルドキャットだもんなぁ。
すいません、ちょっと知ったかぶりするとすぐボロを
出しますなぁ。やばいやばい、うーん。
実はこの日のことはあんまり覚えてないんだよなぁ。
何かあったような気はするんだけど……記憶が不鮮明なん
だよな。むむむ、こうなるんだったら昨日の話題をここに
持ってくれば良かったかも……。
実を言うとこの日はかなりだらけてました。相変わらず
爆笑問題のビデオを見ていたような気がするんだよなぁ。
あ、思い出した。この日って水曜日だよね。
「水曜どうでしょう」見てたんだ、そうだそうだ。
そのこと書いちゃえ。(忘れててネタがないからって……)
そんなわけで、この日は北海道の誇るローカル深夜番組
「水曜どうでしょう」の日、しかも例のどうでしょうドラマ
「四国R−14」のメイキング&NG集を放映するとのこと。
毎回「恐い!」のが原因なのかどうかは分からないけども、
視聴率が思うように伸びなかったらしい、あのドラマを
僕は結構ドキドキしながら見ていました。TEAM-NACSの
舞台は見たことがないんだけども、ドラマを見ていたら
なんとなくその雰囲気が伝わってくるようなそんな感じがする。
あのドラマ、毎回「恐いなぁ」なんて思いながらも
楽しみにして見ていて、ラストの上島D(音尾さん)が
走るラストシーンは胸にくるものがあったなぁなんて思う
わけで。シナリオのアラとかが目立つところもそれは
あったけども、自分では楽しませてもらったドラマの一つ
だったな。「四国R−14」。
ドラマのラストのスタッフロールの所で、脚本の嬉野Dが
言っていたあの言葉は胸にズシンときた。
前に何かの話で「人は二回死ぬ」っていうことを聞いた
ことがあるんだよね。一回目は普通(?)に人が「ご臨終です」
って迎える肉体の死、んで、二回目が他の人の頭の中から
その人のことが忘れ去られる……っていうこと。
これはどういうわけか分からないんだけど、ずいぶん心の
奥底で残ってる言葉なんだよねぇ。いやぁ、自分でも
「なるほど……」なんて思ってしまうわけで。
これはHTBの水曜どうでしょう掲示板で見たこと
なんだけど「死ぬこと自体が辛いんじゃなくて、『会いたい』
と思った時にその人に会うことが出来ないことが何よりも
辛い」ってことが書いてあった。
でもこれは、何も死んだ人だけに限ったことじゃないよね。
何にせよ「会いたい」って気持ちが満たされないのは
すごく辛いもんな。遠距離恋愛の人なんかはそれをかなり
感じて過ごしているんじゃないかな。僕の周りとかでも
それを感じながら過ごしている人は何人かいるわけで
「やっぱり、会いたい人に会えないのは……辛いよね」
なんて話をしていたりするんだな。
そうして「会いたい」って思う対象は自分にとっての
「大事な人」である場合が多いわけだし、その気持ちから
出てくる切なさみたいなものは普通に友達とか知り合い
とかとはけた外れなんだろうね。当たり前のことだけど。
今まで「そばにいるのが当たり前だった人」が急に
姿を消してしまったら……みんなどういう反応するん
だろうね。僕は今一人暮らしをしてるけど、家を出てから
初めて「実家のありがたみ」みたいなものが体験できた。
「今まであるのが当然」だったものが急に無くなると、
改めてその存在の大きさに驚かされるよねぇ。それは
人でも物でも同じことなんだけど。
とまぁ、そんなことを「四国R−14」のNG集を見て
ひとしきり大笑いした後に思ったことでした。
あー、「いばらのもり」で「もんたくん」企画また
やってくれないかなぁ……すっごく面白かったから。
今でもビデオとらなかったのを後悔してるし。
28日の日記の中で「F4Fコルセアのプラモを〜」って
所がありますけど、コルセアは「F4U」でした
。
ごめんなさい。F4Fはワイルドキャットだもんなぁ。
すいません、ちょっと知ったかぶりするとすぐボロを
出しますなぁ。やばいやばい、うーん。
実はこの日のことはあんまり覚えてないんだよなぁ。
何かあったような気はするんだけど……記憶が不鮮明なん
だよな。むむむ、こうなるんだったら昨日の話題をここに
持ってくれば良かったかも……。
実を言うとこの日はかなりだらけてました。相変わらず
爆笑問題のビデオを見ていたような気がするんだよなぁ。
あ、思い出した。この日って水曜日だよね。
「水曜どうでしょう」見てたんだ、そうだそうだ。
そのこと書いちゃえ。(忘れててネタがないからって……)
そんなわけで、この日は北海道の誇るローカル深夜番組
「水曜どうでしょう」の日、しかも例のどうでしょうドラマ
「四国R−14」のメイキング&NG集を放映するとのこと。
毎回「恐い!」のが原因なのかどうかは分からないけども、
視聴率が思うように伸びなかったらしい、あのドラマを
僕は結構ドキドキしながら見ていました。TEAM-NACSの
舞台は見たことがないんだけども、ドラマを見ていたら
なんとなくその雰囲気が伝わってくるようなそんな感じがする。
あのドラマ、毎回「恐いなぁ」なんて思いながらも
楽しみにして見ていて、ラストの上島D(音尾さん)が
走るラストシーンは胸にくるものがあったなぁなんて思う
わけで。シナリオのアラとかが目立つところもそれは
あったけども、自分では楽しませてもらったドラマの一つ
だったな。「四国R−14」。
ドラマのラストのスタッフロールの所で、脚本の嬉野Dが
言っていたあの言葉は胸にズシンときた。
前に何かの話で「人は二回死ぬ」っていうことを聞いた
ことがあるんだよね。一回目は普通(?)に人が「ご臨終です」
って迎える肉体の死、んで、二回目が他の人の頭の中から
その人のことが忘れ去られる……っていうこと。
これはどういうわけか分からないんだけど、ずいぶん心の
奥底で残ってる言葉なんだよねぇ。いやぁ、自分でも
「なるほど……」なんて思ってしまうわけで。
これはHTBの水曜どうでしょう掲示板で見たこと
なんだけど「死ぬこと自体が辛いんじゃなくて、『会いたい』
と思った時にその人に会うことが出来ないことが何よりも
辛い」ってことが書いてあった。
でもこれは、何も死んだ人だけに限ったことじゃないよね。
何にせよ「会いたい」って気持ちが満たされないのは
すごく辛いもんな。遠距離恋愛の人なんかはそれをかなり
感じて過ごしているんじゃないかな。僕の周りとかでも
それを感じながら過ごしている人は何人かいるわけで
「やっぱり、会いたい人に会えないのは……辛いよね」
なんて話をしていたりするんだな。
そうして「会いたい」って思う対象は自分にとっての
「大事な人」である場合が多いわけだし、その気持ちから
出てくる切なさみたいなものは普通に友達とか知り合い
とかとはけた外れなんだろうね。当たり前のことだけど。
今まで「そばにいるのが当たり前だった人」が急に
姿を消してしまったら……みんなどういう反応するん
だろうね。僕は今一人暮らしをしてるけど、家を出てから
初めて「実家のありがたみ」みたいなものが体験できた。
「今まであるのが当然」だったものが急に無くなると、
改めてその存在の大きさに驚かされるよねぇ。それは
人でも物でも同じことなんだけど。
とまぁ、そんなことを「四国R−14」のNG集を見て
ひとしきり大笑いした後に思ったことでした。
あー、「いばらのもり」で「もんたくん」企画また
やってくれないかなぁ……すっごく面白かったから。
今でもビデオとらなかったのを後悔してるし。
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